マジメに楽しく
「幸せで生きる」を学ぶ研修
やってます。 

あなたは、今、人生の岐路に立っていませんか?

たとえば、こんなことで、、、。

  • 仕事、家族、お金、、、。どれを優先すればいいんだろう?
  • 今の仕事が本当に自分に合っているのだろうか?
  • この先何十年も同じことを繰り返すのだろうか?
  • サラリーマンって向いていないのでは?
  • そもそも、自分のやりたいことって何だろう?
  • この先をどう生きていこうか?
  • なぜ、何をやっても中途半端になってしまうのか?

あなたの頭の中で一つでもこんな考えがヘビロテしているなら1人で脱出するのは難しいです。

もし1人で脱出できたとしても時間がかかります。

頭の中でグルグルと考えている事って、なかなか結論が出ないのではありませんか?

もしもあなたの話を聞いてくれる人がいるなら、あなたの思い(上記の)を話すことをお勧めします。

でも、友人や知人に話を聞いてもらうことにためらいがあるなら各地の研修に参加してみて下さい。

あなたの話を真剣に聞き、本当はどうしたいのかを見つけるサポートをしてくれる人がいます。


これまでの人生で、
「あなたはどうしたいのか?」と
真剣に質問してくれる仲間はいましたか?

あなたは、

  • 世の中を良くして行きたい
  • 世のためになる仕事をしたい
  • 本当の意味でお客さんに喜ばれることがしたい

そう思いながら仕事をしているけれど

  • なかなかうまくいかない
  • 最近、仕事が楽しくない
  • もっと自分らしく生きられないのか

そう感じて苦しい思いをしていませんか?


世の中では、
効率よく早く結果を出したいがために表面的な方法で結果を創る仕組みを求めています。


つまり、
時代が求めている事と、あなたが人世に求めている事に違和感が生まれているから苦しいのです。


それでも、あなたは

「何のために仕事をしているのか?」

「何のために生きているのか?」

を自問自答しながら生きていませんか?


そうだとすれば、

生きる気力を無くすだけでなく、
生きる価値すら見いだせなくなってしいます。

初めは小さな違和感(ストレス)かも知れません、
しかし何年も積もり積もれば大きな違和感(ストレス)となり、
心の中で誰にも言えない「生きづらさ」や「苦しさ」を感じ始め、
やがて心の中にぽっかりと大きな穴が開いてしまうと
修復が不可能になってしまいます。
すると、
その先は何も感じない無気力な状態となり、
ついには世の中に絶望することになります。


世の中に絶望する前に、あなたが知っておくべきこと。


平安時代末期から明治初期までの間、

人としてどう生きるべきか?

に対する答え(教本)がありました。

江戸時代の寺子屋では、子供の頃から人間力を高める教育がなされていました。

だからこそ、明治になって西洋に追いつき追い越すほどの急激な発展を遂げることが出来たのです。

「世の為人の為に尽くす心」

「自分だけの為でなくみんなに良いことをする」

と言う考え方は、今でも多くの日本人の心に響くのは当然です。

日本人のDNAレベルにしっかりと刻まれているのです。

ですから、

あなたが経済を中心とする競争社会の流れに飲込まれている日本に違和感を覚えるのは当然です。

国やそこに住む人を愛するのではなく、お金という1つの価値観だけで人や結果を判断する風潮がどんどんと強まっているのですから、あなたが疑問を持ったり、違和感を感じたり、生きづらいと思うのは日本人のDNAを持っている証だと言えます。


あなたには、
アイデンティティークライシス(自己認識の危機)が起こっている!

経済第一の価値観の中で、日本人としての価値観を持ち続けることが困難な時代に突入していてます。

切り立った山の尾根を何とかバランスを取りながら一歩一歩歩いている状態で、いつ落ちてもおかしくありません。

まずは、心の安定を保つ自分軸、幸せ軸を創りましょう!




あなたにとっての幸せの価値を見つけだしワクワクと生きませんか?


日常で起こる悩みの60%以上は人間関係だと言われています。
人間関係の基はコミュニケーションでっす
コミュニケーションの基は
1、聴くことです。
2、質問すること。
3、伝えること
これを同時に行う研修をしています。
あなたは家庭や職場で、自然に話を聞いていて、自然にしゃぺっています。が、
育った環境や影響を受けた人などによって話し方のクセ、聴き方のクセ伝え方のクセがあります。


知らないうちに身につけている自動的な反応です。
あなたは、自動反応にどのように気づきますか?
他人との比較によってしかくづけないのです。
つまり、色々な人が集まった研修が効果的です。 
家族単位、会社単位、サークル単位ではない事の価値、あえて共有概念を持たない人たちと接することで自分の特徴的なクセが見えてきます。